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重陽の節句とは。菊慈童の言い伝えと菊酒の作り方。菊の節句に!

キク
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重陽の節句(ちょうようのせっく)は、9月9日です。

現在、あまりやらない節句です。知っていますか?

重陽の節句の起源と、菊慈童、菊酒について調べてみました。


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重陽の節句とは?

重陽の節句は、中国から伝わった習慣で、
五節句の一つで、菊の節句とも呼ばれています。

 

邪気を払い、長寿を願って、菊の花を飾ったり、
菊酒を酌み交わして、祝ったりしていました。

 

菊の被綿(きせわた)という習慣もありました。

 

これは、前夜に、きくのつぼみに綿をかぶせて、
菊の香りと夜露を染み込ませます。
その綿で体を拭いて、不老長寿、無病息災を
願ったそうです。

 

昔は、綿は、手に入りにくかったんですが
不老長寿のために、多くの人がお金をかけて
きせ綿をしたようですね。

 

いまでいうと、「健康のために、〇〇を飲もう」
みたいな、ニュアンスだったのかもしれません。

 

そもそも、なぜ、
菊が長寿の象徴になったのでしょうか?

 

そこには、「菊慈童」という
古い中国の言い伝えがあるんです。

 

菊酒の作り方は、こちら。

 

「菊慈童」とは?

能の演目にもなっているんですが、
古代中国から、伝わるお話しです。
ちょっと長いですが、
中国4千年の歴史をお楽しみください。

 

(しゅう)の穆王(ぼくおう)の時代です。
第5代王で、紀元前985年~940年の人物です。

 

中国全土を巡るのに、特別な8頭の馬を持っていました。
有名な、穆王八駿(ぼくおうはっしゅん)です。
鳥を追い越したり、自分の影を追い越したり、
光よりもはやい、などスゴイ馬達です。

 

その中に、翼が生えている馬がいて、
インドに旅行して、お釈迦様から、
この世を治める八句の「(げ)」をもらってきます。
日本国憲法みたいなものでしょうか?

 

ですが、マル秘中のマル秘です。
世の中を治めるためのものですから、
人には、ゼッタイに漏らしてはいけない八句です。
それは、

 

十方仏土中  唯有一乗法    (方便品)
観一切法    空如実相     (安楽行品)
仏語実不虚  如医善方便    (寿量品)
慈限視衆生  福聚海無量    (普門品)

 

まあ、お経ですね。
観音経とか、法華経とか・・・
良くわからないので、すみません。^^

 

王は、一人の童を寵愛していました。
この子は、マッサージ係で、
つかれた足なんかを、ほぐすのが仕事でした。

 

ある時、この童が穆王の枕を、はずみで
蹴ってしまったのか、またいでしまったのかで、
大問題になります。

 

一応、最高刑は、まぬがれたんですが、
遠い僻地(へきち)に、流刑になりました。

 

今の南陽市のあたりでしたが、
そのころは、人も住んでおらず、
虎とか、オオカミが住む危険地域だったんです。

 

王は、あわれに思って、
お釈迦さまからの、あの八句の偈(げ)の中の、
最後の二句を伝えたんです。

 

「これを、毎朝となえていれば、
けものたちは、近づかないから大丈夫」

 

慈限視衆生  福聚海無量
(観音様は何時もやさしい、
思いやりの眼をもって私たちを見てくださる。
その観音様の心をもって生きれば、
海の如く、たくさん福が集まる。)

 

慈童は、忘れちゃいけないと思って、
玄関の横に咲いていた、菊の葉に書いておきます。

 

その句を唱えたおかげで、
野生のけものたちもでてこなく、
暮らしていけたのです。

 

通常なら、ここで、めでたしめでたしなんですが、
そんなに簡単ではありません。

 

を書いた菊の葉に、露がたまり、
それが、川の中に落ちて行ったんです。
そして、川全体が、天の霊薬になったんです。

 

その川の水を飲んだ下流の村人たちは、
病気もせず、長寿になりました。
もちろん、慈童も、川の水を飲んでいたので、
なんと、わらべの形をしたまま、仙人になってしまったんです。

 

の時代から、7~800年ほどたった時に、
魏の文帝から、使者がきます。
その川の水が、不老長寿の薬だという噂が出て、
確かめにきたんです。

 

使者が、その川の上流を確かめに行くと、
菊が咲き誇る中に、
童の形をした、慈童があらわれます。

 

慈童は、経緯を話し、
魏の文帝に、穆王から授かった二句をたくします。
そして、彭祖(ほうそ)と名を変えて、
文帝に仕えることになりました。

 

童は、盃に菊花を添えて、寿命を延ばす術を、
文帝に授けました。
文帝は、喜んで菊の宴を催し、
千年の寿、万年の寿を祝いました。

 

これが、重陽の宴です。
この事から、重陽の節句が始まったとされています。

 

重陽の節句の意味は、
慈童の不老長寿にあやかって、菊酒をお飲んで、
邪気を払い、長寿を願うことなんです。

 

日本に伝わってきて、庶民にも広がってくると、
収穫の時期とも重なっているので、
栗ご飯を炊いて、お祝いしていたこともあるそうです。

 

なみに、魏の文帝とは、曹丕(そうひ)のことです。
僕は、三国志が好きで、吉川英治先生の本とか、
ゲームなんかを、たくさんやってきていますが、
こんなところで、名前がでてきて、びっくりしました。

 

しかも、彭祖というのも、koeiの三国志に出てきます。
名前は、田与らしいです。
正史では、曹丕の異母兄弟で、曹宇という名前で、
字が彭祖です。皇族なんです。

 

伝説と、ちょっとずつ違っています。
後世で、おもしろいように変えていったのか、
噂が、一人歩きをしたのか、おもしろいですね。

 

いずれしろ、大分昔の事なんで、
どれが正しいのかわかりません。
というか、好きな説を信じていればいいのかも?

 

ょっと、横道にそれましたが、
菊慈童の言い伝えは、お分かりになりましたでしょうか?
ロマン好き、伝説好きにはたまらない言い伝えでしたね。

 

今年は、慈童にあやかって、
菊酒を飲んで、長寿を祝ってみたいと思います。
三国志の世界に思いをはせながら・・・

 


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菊酒の作り方は?

日本酒と、焼酎の2種類があります。

 

日本酒は、菊の花びらを浮かすだけです。
おちょこに、1~2枚置いてから、冷酒をつぎます。

 

風流ですよね~。

 

酎は、35度のホワイトリカーに、
菊の花びら(食用の売っているもの)、
氷砂糖、レモンを
専用の密封できる瓶に漬け込みます。

 

要は、果実酒という事ですね。

 

約1か月後、菊、レモンを取り出します。
その後は、風味が出るまで、熟成させます。

 

もちろん、飲むときは、割っても、ロックでもいいですが、
やはり、菊の花びらを、1~2枚浮かべて・・・

 

漬け込むのは、今からでは無理ですから、
来年用に作るとして、
今年は、万寿に浮かべて、飲みましょうか?

 

ちろん、縁側に座って、浴衣にうちわで。
二人で、夜空を見ながら、乾杯・・・なんていいですよね。

 

ぜひ、お子さんが寝てから、
ためしに、やってみてください。
きっと、幸せな時間が訪れますよ。

 

日は、最近、行われなくなった
重陽の節句について、由来と、菊慈童の伝説を
お話しさせて頂きました。
最後まで読んで頂いて、
ありがとうございました。

 

最後まで読んでいただきありがとうございました。


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水谷優太

水谷優太

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【長野県出身。信州大学卒業。趣味は読書と映画鑑賞。松本市で取材活動をしています。】

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